こんなことがあったんです(後編)

1)Kipperの友だちとFloppyとあともう一ぴきで、2)はらっぱにいってはらっぱにいって、3)そこにどろの水があってそこにFloppyと犬がはいって、4)なんかしらない犬が5)めっちゃきたなみたいな上日づかいをしていたから、6)バツがあたったのか、7)わざとFloppyと8)犬がその犬にどろをかけて、9)かけしれた方の犬が、10)「はっ」みたいなかおをしていた

(句読点・文字、原文通り)

ORT "Dogs in the Mud" を聞き読みしたある5年生のコメントです。

番号をふった下線部すべてにいちいち物申したくなるような文です。あまりに衝撃的でどうしてこんなコメントが出現してしまったのかを知りたいと思ったのですが、その子は書くのが苦手だと言っていたので、それならもう一度みんなで一緒にこのお話をシェアしてブックトークをしてみようと提案しました。


そのクラスには5年生が6人、何年も前に読んだ2人は記憶がほとんどなく、3人はまだ読んでおらず、そしてこのコメントの当人は完全に読み違えている(と思いたい)といった状態で始まりました。


この本はWordlessなので、まず絵本の中身を見せる前に表紙を見てCDだけを聴いてもらい、どんなお話なのかを想像してもらいました。聞き覚えのある英語をヒントに思い浮かんだ光景を口にし始めましたが、絵を見ずに耳からの英語だけなので、子供によってずいぶんと違う反応が見られたのが面白かったです。


2回目は絵本の中身を見てもう一度CDを聴きながら、ページごとに止まってはさらに気付いたことを話してもらいました。


同じ絵を見ながら状況を共有していくうちに、最初はバラバラだったイメージのピースが共通の意見によってくっつき始め、そのうちおおかた一本の筋になって見えてくるようになり、次第に私自身も感じていたイメージと近いものになってきました。


私が一番気になっていた問題の下線部、7)~10)Floppyたちが白いプードルに泥水をかけてしまったくだりについては、犬を飼っている子供たちから「犬が水に入ってずぶぬれになった時、体をブルブルッて振って水を飛ばすのって、習性だよ。」という話が出て、「え? そうなんだ!?」となり、「わざと泥水をかけたわけじゃないんだ」と素直に驚いていました。完全に取り違えていましたね。


そして案の定、勘違いしていたその子はまったく聞き取っていなかった、最後のページの大事なセリフ。プードルの飼い主にMomが申し訳なさそうに言った、" Oh, that's my fault." という言葉、「最後に何か言ってるよね」と尋ね、「なんて言ってるんだろう」とみんなで考えてもらいました。もちろん、英語の意味は誰も知りません。話の流れで心に浮かんだ日本語のセリフを口々に言ってもらっていると、誰かが「ウチの子がごめんなさい、私がボールを投げたから、、」と言ったのです。


それを聞いた私は内心「そうそう!」となり、勘違いさんは「そっかあ~」となり、白いプードルの方も上目使いになっていたわけではなく、「来たな」と対抗意識を燃やしていたわけでもなく、「なんてことするの!?」と思って「はっ」となったわけでもない、という話も出ました。だからバチが当たったわけでもないと。ようやく最初に考えていたことは「どうやら勘違いだったらしい」というところまでたどり着きました。

ホッ。

ひとまず私の気持ちはおさまりました。「上目づかい」がどういうときに使われる言葉だと思っているのかを尋ねてみたい、という心残りはありましたが(苦笑)


その時その子に意地悪な気持ちがあったとか、イライラしていたとかそんな様子はとても見られませんでした、それでも、あのコメントは心をゾワッとさせます。

「ルポ 誰が国語力を殺すのか」にあった報告です。

『言葉を持っていない子供たち、つまり、言葉で”考える”習慣がない子供たちは、トラブルが起きた時に、その要因を考えた上で自分が何をすべきかを導き出す力に欠けている。だからこそ、乱暴な言葉で物事を曖昧にしようとするか、口を閉ざすかする。』


そして、子供たちが言葉を持たないでい続けた場合、本当に困るのはトラブルに行き当たった時で、問題の沼に引きずり込まれたらなかなか抜け出せなくなる、「つまり生きづらさを抱える事になる」というようなことが続けられていて、いくつかの実例が報告されていました。読み進めるのにはつらい場面でした。


今回のコメントとその報告と関係があるのかどうかは分かりませんが、ストーリーを英語で聞いていたという点にも私の関心は行きました。「言葉からくみ取る状況が明確には分かりづらいところに 生じた齟齬」って、こういうことを言うのかなあ、とか。母語でさえそういうことは起こりますから、英語を学んでいく子供たちとも一緒に深堀りしていきたいと思ったりしていました。


そんなわけで、「言葉で考えるということは、、」と、とっさに思いつくままにとにかく皆で一緒に絵本を読んで話をして、情景を言葉にしてやりとりをする、そんなことで何とかゾワゾワがいったん落ち着いた次第です、というお話でありました。

おしまい


文:Toyoko

神奈川県川崎市

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